|
燕 岳(2763m) 3/4 - 北アルプス・長野県南安曇郡穂高町 - |
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
2004年1月1日(木) 晴 1回戦目の朝食は下山する人たちに譲るから私たちは2回戦目の朝食に参加。 普段は朝食なんてちっとも食べないクセに何故山小屋で出される朝食は食べれるんだろう(笑) 元旦という事でお雑煮が出た。 ゆっくりと朝食を済ませて防寒具を着込んで玄関まで出た時に手袋を忘れたのに気づいた。 シャッター押す時だけポケットから手を出すからいいかと深く考えずに外に出てしまった。 2004年の夜明け。 ここ何年かのうちで一番印象に残るご来光となった。 いや、ご来光よりもモルゲンロートに染まる北アルプスに感動した。本当に美しい。 昨日、吹雪の中を頑張って登って来た自分へのご褒美だ。 私はご来光やモル |
|||||||||||||||
ゲンロートに染まる山々に夢中になってシャッターを押す。
でも素手を外気に晒した途端、あっという間に寒さが痛みに変わった。
シャッターを痛みに耐えながら押していたけど激痛に耐え切れなくなって小屋へ逃げ込んだ。
痛い、痛い!指がちぎれそうな痛みだ。
玄関のストーブで暖めてもマッサージしてもちっとも温度を感じない。
痛みに耐え切れず泣き出しそうになっている私の傍では何やら慌しい空気になっている。
どうやら遭難者がいるらしいが私は激痛に耐えるのに精一杯でそれどころじゃない。
近くにあったお茶のポットからお茶を入れて、特に痛い両方の小指を突っ込んで暫くすると
ようやく痛みが少し和らいで温度を感じるようになった。
ふう。これは凍傷になりかけたって事 |
|||||||||||||||
だよね。大いに反省。
ようやく周囲に耳を傾ける余裕が出来たので何事か聞いてみると小屋直下で遭難者を発見したらしい。
赤沼さんや小屋のスタッフがいち早く現場に向かう。残ったスタッフの動きも慌しい。
無線や携帯でのやり取りが延々と続く中、遭難者が生存しててヘリで収容されたと聞くとホッと一安心した。
今日下山するというTさん夫妻と別れるのがとても名残惜しいけど、また何処かの山で会いましょうと笑顔で見送った。
かならずまた何処かの山で会えますように。
そして遭難騒ぎで赤沼さんを隊長とする燕山荘主催の登山教室は燕岳に出発する時間が遅くなると聞いて
今のうちとアイゼンを着ける。
カメラを首に下げて手にはピッケルを持って、山頂でゆっくりと展 |
|||||||||||||||
望を楽しもうとした私は目出帽にダウンジャケットを着たまま出掛けた。
さすがに歩いていると熱くなって気持ち悪かった。
小屋からすぐは雪が風で吹き飛んでいるから岩ばっかりだ。
岩をアイゼンで歩くのって結構歩きづらいから慣れていないとつまづいちゃうかもね。
夏に来た時はガスで何処にあるのかわからなかったイルカ岩を見た時、私はあった!あった!って凄く嬉しかった。
早速バックに槍を入れてイルカ岩を撮った。 本当にイルカみたいだ。
先に進んで燕岳の山頂に到着すると1人先客が居た。
「シャッター押しましょうか?」と親切に言ってくれたので撮ってもらう。
その後すぐに下山してしまったので狭い山頂は私たち2人だけの貸切になった。
360度の展望で美しいとか |
|||||||||||||||
綺麗っていう表現しか出てこない。 やっぱりどうしてもまず、槍に視線が行ってしまうね。
あれが厳冬期の北鎌かぁ・・・カッコいいなぁ。
ダウンジャケットを着ているお陰で遮るもののない山頂でもちーっとも寒くない。
結構長い時間山頂を占有しちゃったけれど燕山荘から「登山教室」御一行様が
ワラワラとこちらへ向かって来るのが見えたので下りる事にした。
下りもアイゼンを引っ掛けないように気を付けながら下りる。
実は山頂直下の登りで大きく足を上げる場所があってアイゼンをスパッツに引っ掛けて穴開けちゃったんだ。
燕岳と燕山荘の半分くらいまで来たときに登山教室の人たちとすれ違った。
20人くらい居るので早めに登っておいてよかった(笑)
小屋へ戻ると食堂へ行ってカップラーメンかおでんか カレーライスしかないメニューのカレー |
|||||||||||||||
![]() 燕岳から燕山荘までのルートの途中(左から常念山脈、穂高、槍、裏銀座) |
|||||||||||||||
ライスを注文した。ラッキーな事に私たちの後1人分でカレーライスは売り切れとなった。
缶ビールもすでに売り切れで後は発泡酒しか残っていないそうだ。 昨日、思いっきりTさん夫妻と飲んでおいてよかった♪
食事を終えてまったりと過ごしていると登山教室御一行様のお帰りで食堂は賑やかになった。
赤沼さんが隣りのテーブルに座ってする話を私たちも一緒に聞いていた。
それは今朝起こった遭難の話で、昨日の吹雪にもかかわらず生存していられたのは
稜線から少し外れた場所にちょうど体が隠れるくらいの窪みが偶然あってそこで風雪を避けていたらしい。
そんな事は当然のように思いがちだけど疲労困憊している登山者というのは 思考能力が著しく低下するのでそういう |
|||||||||||||||
判断も出来ないような状況だそうだ。
現に遭難者はダウンジャケットやツェルトをちゃんと持っていながらそれは全く使用せず
着の身着のままの格好で窪みにうずくまっていた。
昨日は気温が−15度で風速15mだったから体感温度は−30度だったハズ。
赤沼さんらが駆けつけた時は体中がバリバリに凍っていて生きているのが不思議なくらいだったそうだ。
でも太陽が当たり始めるとみるみる回復して自力で起き上がれるまでになったらしい。
合戦小屋でテントを張っていた登山者が登って来て早い時間にたまたま発見された事も運がいいといえば運がいい。
実は同じ頃に徳本峠で死亡1名、蝶ヶ岳で遭難1名の遭難事故があって遺体収容と
救出のために県警ヘリが飛んで |
|||||||||||||||
いるところに救助要請の連絡をしたので亡くなった人よりも生きている人、症状が軽い人よりも重い人が先って事で
連絡してからわずか15分でヘリで運ばれて行ったのだ。 なんて運のいい人なんだろうと赤沼さんもびっくりだった。
私と同じテーブルに座っていた人は遭難者と中房温泉で同じ部屋に泊まったと言っていた。
中房温泉まで6時間もかかってるから、燕山荘まではどうなる事やらって結構心配してたんだよ、
なんて言ってるのを聞いて私たちは顔を見合わせてしまった。
6時間で心配?おいおい、私だって写真を撮りながらとはいえ、5時間くらいかかってるぜ。
私もヤバかったのかな!?それでその遭難者がかなり気になってらしくて 自分の携帯に連絡をくれるよう |
|||||||||||||||
にと言っていたのだけどその携帯も何処かで落としてしまったらしい。
もしかして昨日の時点で携帯に連絡を入れていたら生死を彷徨う事にはなっていなかったかも。
けれど世間から見たら決して若いとはいえない66歳の登山者が冬山に単独で入るのはいかがなものかと思った。
いや、年齢だけでなく体力や経験もあるだろう。 そういう意味では私も充分昨日Tさん夫妻に心配をかけてしまっただろう。
夕食の後の
赤沼さんの話
でもやっぱり話題は遭難の事になった。
そして今日の寝床は小屋の方でも予想外覚の数だったようで8人部屋に8人キッチリと詰められた。
といっても小屋の8人は布団を敷いたらもう歩く余裕もなく寝返りも打てないような狭さで
苦しくてちっとも熟睡する事が出来なかった。 |
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||