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涸沢 |
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2002年9月20日(金) はれ 初めて行く涸沢でのほほんと過ごそうと食材をあれこれ詰めて気が付いたら相棒が28kg、私が25kgの大荷物になっていた。 涸沢までだから何とかなるんじゃない?と結構お気楽な感覚でタイトルも「涸沢のほほん山行」なんて付けていたくらいだ。 しかーし、その考えは甘かった!普段の軟弱な山行しかしない私たちにこの重さは想像以上に堪えた・・・・ 私は新しい重登山靴を履いて来たため明神を越えたあたりから早くもマメが出来ていた。 重い、痛い! 徳沢、横尾までこんなに辛かったのは初めて。 横尾で少し早いけど昼ごはんに カレーを食べる。 11時半くらいに横尾大橋に向かい、未知の領域へと足を踏み入れる。 左には屏風岩が凄い迫力 |
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でどどーんと迫る。
こんな岩を登る 安藤さんはやっぱり凄いなぁと暫く岩を眺めた。
登ってる人は居ないか探してみたけど見つからなかった。
殆ど起伏のない本谷橋までのルートでさえも私たちにはツラくて橋が見えるまで長かったぁ・・・
吊橋が見えると「あったよお、本谷橋!」と叫んだ。1人づつ渡るのか。 本谷橋を渡ると早速河原に荷物を放り出して休憩!
ああ、重かったよぉ・・・・ すれ違う人に「何キロですか?」って聞かれたんで
「むむ、このおばさんケンカ売ってんのか!いくら巨大な私だって吊橋くらい渡れるぞ!」
ってハラが立ってると相棒が「28kgくらいですかねぇ」と答えてる。なんだよ、ザックの重さか。疲れてるなぁ、私。
「私にケンカ売ってるかと思ったよ」って言った |
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ら笑ってた。 しかし、本格的な登りもまだなのに既にバテバテ。本当に涸沢まで辿り付けるのか!?
重い腰を上げ、ようやく登山道らしい急登に入る。 なんだ!?、この肩にかかる重さは・・・
重い荷物だと肩を圧迫されて顔が上がらない、肺が苦しくて息が出来ない。
そして硬くてゼンゼン曲がらない登山靴に擦れてアザだらけの足、痛いマメ。
涸沢は果てしなく遠い・・・・こりゃブナ立尾根どころのキツさじゃないぞ〜。
後からやって来る登山者にどんどん抜かされこりゃまた最終だなぁ・・・
途中で抜かして行くおにいちゃんに「あとどれくらいですかね?」って聞くと
「うーん、1時間半くらいですかねぇ。」と答える。 うへぇ。
このおにいちゃんで1時間半!じゃあ、我々は |
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2、3時間かかるなぁ。 暫く登ると樹林帯からようやく展望が開けてくる。
あの谷の方だよねぇ。 うーん、こりゃ遠いわ。侮りがたし、涸沢。
谷をよく見ると吹流しが見えた。
「あ!吹流し!涸沢ヒュッテだ!」
とりあえず全く予測が付かなかった行き先にとりあえず希望の灯が点った。 とはいえ、決して近くはない。
途中でいつものみかんの缶詰を出してしまった。 ああ、甘くて美味しい!天国だぁ。
もう、誰も登って来ないだろうと思っているとどんどん登ってくる。 途中、男女の2人組と同じようなペースで登る。
ヒュッテ直下の登りはヒュッテの左側にまわって着いたぁ!と思うと更に上に道が伸びていてホント辛かった。
ようやくヒュッテに到着したけどテン場はまだこの先。 カー |
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ルをトラバースする道のやや中央にテン場の受付小屋があるんでそこまで行く。
受付を済ませるとさっきの2人組(関西方面の人だったから関西パーティと呼ぼう)も到着して
「おつかれさまぁ」と声を掛けた。「いやぁ、なんとか到着しましたねぇ」と男性が笑顔で答える。
テン場は平日のためかテントはそんなに多くはない。
でも、相棒は幕営する場所を探してかなりの時間ウロウロした。
足が痛かった私はそのヘンの岩に座ってその様子を眺めていただけだった。
前回、テン場を彷徨ってしまった私のために今度は通路のすぐそばに設営することにしたようだ。
設営し終えて改めて涸沢を眺める。
写真で見るよりも結構狭いんだなぁって思った。
そして穂高までははもっと奥行が |
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あるんだとも思ってた私はいきなり立ちはだかる穂高にびっくり。
北尾根、前穂、吊尾根、奥穂、涸沢、北穂・・・
凄い迫力だなぁ・・・こんなとこ登って行くんだねぇ・・・へぇ・・・
開けた方向には目の前に屏風岩、奥には表銀座の稜線が見える。大天井岳に東大天井岳、横通岳か。
と、そんなにボケーってしてるヒマはない。暗くなる前にとりあえず小屋行かなくちゃね。
小屋をフラフラして、缶ビールを仕入れてテントに戻るともう暗かった。
疲れて食事を作る気もないし、おつまみを少々つまんで寝た。 |
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